何をしても心が満たされないとき

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もし、何をしても心が満たされないような感覚があるのなら、自分の中の「楽しむ」というセンサーを磨いてあげたり、義務と役割にはまり込んでいる心理を解きほぐしていく、といったことが求められてきます。

【目次】
・何をしても心が満たされない、という感覚
・自分に合っているものは人によって変わるもの
・「楽しむ」センサーが弱っているとき
・欲しいものがないわけではない、ということ
・自分の中の子供と、のんびり付き合っていくとしたら
・義務と役割にはまり込んでいる心理
・義務と役割を手放す
・まとめと補足

 

 

何をしても心が満たされない、という感覚

何をしても心が満たされない、という方はいらっしゃいますでしょうか?

健康で、仕事もあって、生活もそれなりにできていて、周りから見たら幸せそうに見えるかもしれないけれども、なぜか心が満たされない、といった感覚です。人によっては、結婚をしていたり子供がいたりする方の中にも、この感覚を持っている方もいらっしゃるかと思います。

美味しいものを食べても、好きなことをしていても、心の底から夢中になったり楽しんだりができなかったり、映画やライブに出かけたり、友人と食事をしたりしていても、「何か物足りない」といった感覚が続いているような方はおられるでしょうか?

人によっては、もともと独身の頃からそんな感覚を感じていて、結婚したら何か変わるだろうと思っていたら、結婚しても特に変化はなかった、という体験をしたことのある方もいらっしゃるかもしれません。

毎日の小さな幸せを数えてみても満足感にはつながらない方もいらっしゃるかもしれませんし、この感覚があることで、何か贅沢なことを言っているような気分になる方もいらっしゃるかもしれません。

周りの人と比べて羨ましくなってしまう方もいれば、もっと刺激的でドラマティックな人生を望んでしまい、自分の気持ちを持て余し気味、という方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

 

自分に合っているものは人によって変わるもの

どういうのが楽しいのか、とか、どういうのが幸せなのか、というのは、個人差がとても大きいもの。ある人にとっては何がいいのかわからないものでも、別の人にとっては心地良かったり、楽しかったり、というのはありえることなので、「自分には何が合っているのだろう?」というのは、誰かから提案やヒントをもらえることはあっても、基本的には本人の中にしか答えがないもの。

また、「これが自分に合っている」というのは過去と現在で異なることがあります。子供の頃に好きだったものが、大人になってからでも同じかというと、ちょっと違っていたりすることがありますし、20代とか30代の頃に好きだったものが、40代とか50代でも同じかというと、またそこでも違いが出てくることがあります。人の感じ方というものは、時が過ぎ去っていくのにつれて変化をしていくもの。

今現在の自分にとっての「好き」「楽しい」「心地良い」というのがどこにあるのか、といった自分自身の取説のようなものを、自分自身が把握してあげるというのはとても大切なこと。

ところが「どこかで聞いた楽しいと言われているもの」「こういうのが普通は幸せ」「普通はこうする」「一般的にはこの選択になる」等々、自分の中にある「常識的なもの」に視点が固定されていると、後になって「あれ?自分って何もないかも」という感覚になることがあります。

「こうあるべき」とか「こうしてほしい」といった周りからの期待に自分を合わせているようなところはあるでしょうか?
ある程度はそういった要素も必要かもしれませんが、もし、合わせ過ぎているようなところがあるのなら、自分が本当に欲しいものに、あまり目を向けられていないかもしれません。

心が満たされていないということは、普段自分がやっていることは、自分にとっての「好き」「楽しい」「心地良い」とは、心理的にちょっと距離があるということ。いずれにせよここで求められるのは、変化、です。

 

 

「楽しむ」センサーが弱っているとき

自分にとって合っているものを求めていくのであれば、一番重要な軸になるのは「どうするのがいいか」ではなく「私はどうしたいか」あるいは「私はどうありたいか」です。

人によっては、好き・楽しい・心地良い、といったものについて感じられる心のセンサーが弱っていることもあります。幼い頃は、あれがしたい・これがしたい、といった興味や意欲があったとしても、成長していくなかで、自分自身を制限したり、期待外れを経験したり、あるいは、諦めたりしていくなかで、このセンサーが弱っているような感じです。

弱っているだけで、感じられないわけではないので、もう一度、その感覚を思い起こしてもらうことが求められてくるわけです。「私、どうしたいだろう?」「私、どうありたいだろう?」「どういう感じであれば、私にとって心地良いだろう?」といった問いかけを自分自身にしてみることで、そこを刺激してあげることはできます。

ただ、センサーが弱っていると、これらの問いに対して何も出てこない、ということもあるかもしれません。ただ、それは欲しいものが何もないのではなく、出てくるのには創意工夫と時間が必要なこともある、という感じです。

 

 

欲しいものがないわけではない、ということ

実際のところこれは大人だけではなく、子供にもそういうのはあるかもしれません。

ちょっと想像してみて欲しいのですが、「○○ちゃんは、どうしたい?」と尋ねられても、「うーん」と考えながら、困った表情をする子供のイメージ。あれはどう?これはどう?と面倒を見ている大人ができるだけ優しく問いかけてみても、首をなかなか縦に振らない子供。

この子供にとって、欲しいものや望むものがないわけではないんです。我慢をしていたり、言語化ができなかったり、何か思いついてもそこで自分が楽しんでいるようなイメージができなかったり等々、色々あって本人も困っているわけですが、それを見て「この子には希望も要望もないんだね!」と判断するのは早計かもしれません。

Eテレなんかだと、そばにいるお兄さんやお姉さんとかが良いアイデアを思いついてくれて、その提案がこの子にカチリとハマると「うん!」と子供が嬉しそうに反応して、めでたしめでたし、となるようなシーンがあるかもしれません。あるいは誰かが口にしたヒントから、その子が「じゃあ、こうしたい」と言って、話が固まるパターンもあるかもしれませんね。

上記は子供を例に出した心理的なイメージの話でしたが、現実的な問題として、都合良くそんなお兄さんやお姉さん的なフォローをしてくれる人たちが周りにいてくれるかというと、基本的には、この役目自体を自分自身がやってあげる必要があります。これは、自分の機嫌を自分で取る、という考え方に近いかもしれません。

 

 

自分の中の子供と、のんびり付き合っていくとしたら

 

やり方の一例としては、自分の心の中にいる内なる子供をイメージして、その子供に「これはどう?」「これだったら大丈夫?」とか、すごく甘々な提案でもいいので心の中で問いかけてみて、その子供が「うん!」って答えてくれるのを、忍耐強くトライするような感じです。

その子供が「うん!」と頷いてくれたものをかき集めていくと「私どうしたいだろう?」「私どうありたいだろう?」ということに対する解像度を上げていくことができます。欲しいものがないわけではないんです。ただ、出てくるのには創意工夫と時間が必要なこともある、という感じです。

子供をイメージの引き合いとして出しましたが、これは子供というイメージを使わなくてもいいです。自分の心の内側にある依存的な部分が想像しやすいものなら、何でも良いと思います。

ただ、自分の依存的な部分の面倒を自分がみるというのは、ちょっとめんどくさい感じがすることかもしれません。それでも、今現在の自分にとっての「好き」「楽しい」「心地良い」というのがどこにあるのか、といった自分自身の取説のようなものを、自分自身が把握してあげるというのはとても大切なこと。

少しでも把握ができてきたら、それを受け取る許可を自分自身に与えてあげること。許可を与えたら、それを次の行動へとつなげていき、「好き」「楽しい」「心地良い」への選択を積み重ねていくこと。それが、自分の心が満たされていくことにつながっていきます。

 

ただ、そういったことを進めていくのには、余力や余裕、といったものが必要かも知れません。何かを始めるときには、時間だったり、お金だったり、精神的なエネルギーといったことの余力や余裕が必要です。そういったものが枯渇していると、何かを始めたくても、それをするだけの余裕がないので、結局何もできない、ということになります。

その場合、もう一点、掘り下げた方が良いものがあります。それは「役割」です。

 

 

義務と役割にはまり込んでいる心理

人には、役割、というものがあります。友人として、部下として、上司として、妻として、夫として、母として、父として、等々。役割にはそれに伴う義務がついてきて、やるべきこと、が発生します。

義務と役割を果たせなかったとき、私たちは罪悪感を感じたりします。これはとても強いストレスを感じる負の感情で、罪悪感を感じるようなことを避けたいのが人の心理なので、義務と役割を私たちはなるべく果たそうとします。人によっては、ここで完璧主義的に義務と役割を果たすことにパワーを割く方もおられます。

ただ、義務と役割を果たす、というのは負荷がかかることであり、辛さを感じることもあります。自分のキャパシティがそれに対してギリギリの状況だと、私たちの心には余裕がなくなります。気づいたときには、義務と役割以外のことにほとんどパワーを割かなくなってしまうこともあります。

何をしても心が満たされないとき、この義務と役割にはまり込んでいる可能性があります。

義務と役割を果たすと、報酬のようなものが発生することがあります。お金のこともそうですが、周囲からの評価、立場から与えられる当然の権利、主導権、ある程度の自由、強く言える立場、関係性から生まれる人とのつながり、等々。ところが、これらが自分の心を深く満たしてくれるのかというと、必ずしもそういうわけではないです。

何をしても心が満たされないのなら、少なくとも義務と役割を果たすことで得られるものは、自分の心を満たしてくれる報酬としては十分ではない、という感じなのかもしれません。

 

 

義務と役割を手放す

自分のために何かをするとしても義務と役割以外のことにパワーを割くような余裕がなかったら、今の現状を受け入れるしかない、と思えてくるかもしれません。ただ、そうすると満たされない心が置き去りになります。

このとき求められる変化は、義務と役割を手放す、ということ。

手放すというのは、投げ出す、とか、逃げ出す、ということとイコールではないです。義務と役割にはまり込んでいる心理から、少し離れてみる、とか、距離を取る、という感じです。自動的に無意識的にする思考として「私がやらなきゃいけない」と思い込むのではなく、「これ、本当に私がやらなければならないこと?」という部分を一度整理してみる、という感じです。

今までの流れや関係性から、なんとなく自分がやってきた、というものに対して、手放せるものは手放していく、ということ。自動的に無意識的にしてきた思考のスイッチを切り替えていくということ。

やるべきことを減らしていく代わりに、やりたいことを選択していくこと。ただ、やりたいことを選択するとしても、今まで「私は何をやりたいのだろう?」と考える時間もあまりなかったのなら、自分が本当にやりたかったことを「やってみよう」という気持ちに、OKを出してあげること。

 

 

 

まとめと補足

何をしても心が満たされないときのことを掘り下げて書きました。

大切なのは「好き」「楽しい」「心地良い」への選択を積み重ねていくことで、自分の心を満たしてあげる、ということ。ただ、義務と役割にはまり込んでいると、そんなことをする余裕もない状態なので、その場合、義務と役割を手放してあげる、ということ。

ここに書いたことで何かしら役立つことがあるのなら、幸いです。

一点補足すると、周りと比べてばかりいると、何をしても満たされない感覚に陥ることがあります。「好き」「楽しい」「心地良い」よりも、人よりも劣っていないか、といったことの方が気になって、物事の良い部分を受け取ることが阻害されてしまう、というパターンです。そういったときのことについて掘り下げた記事がありますが、そのときに大切になってくるのは、選択と手放し、です。詳しくは以下の記事を見てみてください。

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カテゴリ-心の悩み

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