心が傷ついたときに始まる誰かへの攻撃

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誰かに心を傷つけられた、と感じるような体験。誰しもが経験するようなことかもしれませんが、ちょっと変わったものの見方として、心の傷は自分でつける、というものがあります。何を言っているのかわかりにくいかもしれませんし、わかったとしても受け入れにくい考え方かもしれませんが、人の心の仕様の一つ、といえるものです。

傷ついたという体験をしたとき、私たちは、その出来事で自分が傷つく、という選択を心の中で行っています。誰かから責められたり、裏切られたり、孤独だったり、精神的に過酷な状況、というのは実際あると思いますし、まさに試練といっていいような出来事、というのは確かにあると思いますし、私にもそういうときがあります。とても辛いと感じますし、自分の心が傷ついているようにも感じることもあります。

ただ、それは傷つくということを自分自身で選択しているときだけです。

 

 

心の中を深く見ていくと、出来事と、自分の反応、の間に隙間のようなものがあり、そこでどう反応するかということを自分で選択して決めている、ということに気付くことができます。

まだそういう感覚を持ったことがないという方は、一度、自分の心のなかを注意して見てみてください。

出来事が起きてから自分の反応が生まれるまでの間に、ちょっとした時間差があると思います。たとえ一瞬だとしても必ずそこに間があります。そのときに心の中で起きていること。それが選択です。

そのことに気付くことができれば、自分の感情は、意識的にせよ無意識にせよ、自分自身で選択して決めている、ということに気付くことができると思います。

心が傷ついていると感じている部分について、さらに注意深く見ていくと、そこには誰かへの攻撃が隠れています。これは特定の個人ではない場合もあります。例えば、世の中とか、社会とか。あと、世界、とか、神様、なんていうケースもあります。

心の傷の部分に関して癒しが求められるとき、この誰かを心の中で攻撃している部分に関して、ケアをしていくことがとても有効なことがあります。

 

 

傷ついている部分に関しては、被害者、という意識があります。これは、誰かに何かをされて傷ついた、もしくは、誰かが何かをしてくれなかったから傷ついた、といった意識のことですが、攻撃はそこから生まれていきます。もし仮に、この攻撃の部分を手放すことができれば、それは心の傷を手放すことにもつながっていきます。

自分が傷つく、という選択をしている限り、攻撃している誰かを許す、ということは難しくなります。

もし、その誰かを許すけれども、私は傷ついたままで良い、なんてことを考えるとしたら、口先で許すといっておきながら、自分が不幸になっている背中をその相手に見せつけて、「あなたのせいで私は不幸」と言っているようなもので、それはそれで攻撃であり、ある意味では、自分の身を犠牲にして相手を巻き添えにしようとする復讐、のようなものかもしれません。

攻撃の裏には、罪悪感が隠れています。もしかしたら、誰より許せないのは、自分自身、かもしれません。罪悪感があるとき、自分で自分を許す、ということはとても難しいです。ただ、その攻撃している誰かを許す、ということならば、できないこともないです。できないと言いたくなるかもしれませんが、自分を許すことの難易度に比べたら、だいぶましです。

攻撃している誰かを許すことが、最終的に罪悪感を手放すことにつながっていきます。それが、心の中にある傷を癒すことにつながっていきます。

誰かを許す、ということには、ときにとても大きな抵抗を感じるものかもしれませんし、傷が深いほどに、許せない、という想いも強くなるかもしれません。ただ、許す、という選択ができたとき、それはその人のためというよりも、自分自身のためになります。

全部を許すことはできなくても、一部ならば許すことができるかもしれません。相手のことを許せはしなくとも、理解できる部分は見つけられるかもしれません。完全に水には流せなくても、感謝できるところや、相手のことを認められるところは見つけられるかもしれません。許しが難しい時には、そこにある隔たりに橋をかけるかのように、自分の中で何かしら歩み寄れるようなところがないか探してみるのも、一つの手、かもしれません。歩み寄れた分だけ、自分自身の罪悪感に対しても、よりソフトに扱うことができるようになります。

人間なので完璧ではないです。善意だけではできていないですし、意地悪なところや、残酷なところや、ひどいところもあるものだと思います。ただ、いいところも愛情深い部分も人にはあって、色々とごちゃ混ぜになっているのが人なのだとしたら、誰かを責めている時や、自分自身の罪悪感の部分を見ている時というのは、その中の特に悪い部分に目がいき過ぎているときなのかもしれません。完璧には無理だとしても、もし、歩み寄れるところがあるのだとしたら、どんな部分があるでしょうか?
相手のためというよりも、自分のために。理解や、感謝や、受け入れることや、一部許容できるところがあるとしたら、何がありそうでしょうか?

私の場合はどうなのかというと、メルマガの方には詳細を書きましたが、特に母親に対して心の中で責めている部分が大きく、そこに対して許しを与えていくというプロセスがわりときつかったです。

今まで許せなかった誰かを許す、というのはとても勇気の求められる選択だと思いますし、私が見たことのあるなかでも、とても難しいと思えるものです。ただ、許しを通して得られる恩恵はとても大きく、人生を展開させていくための、大きな一歩、になっていくものです。

もし、許せていない誰かが、今の自分の人生を前に進める時のブロックになっていると思えることがあるとしたら、歩み寄るということにチャレンジしてみるのも良いかもしれません。

 

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