熱意が萎えてきたとき

投稿日:2019年10月22日      更新日:

 

やりがいや楽しさをかんじていたことに、熱意が萎えてきたと思えるようなことはあるでしょうか?
一生懸命やってきた中で、体調を崩したり、苦痛を感じるようなことがあったときに、それをきっかけに、今の自分の中でなんだか無理があるように感じて、ふっと熱意が冷める、といった感覚を覚えたようなことはあるでしょうか?

熱意が萎えるきっかけとしては、以下のようなものがあるかもしれません。
・限界を感じたとき
・心や体の疲れを感じたとき
・やらなきゃいけないことに自分が追いつけそうにないとき
・求められていることに応えきれないように感じたとき

熱意が萎えてきていることに関して、自分にダメ出しをしたい気分になったり、周囲に対して申し訳ないような気分になるようなケースもあるかもしれません。

熱意があるときには何の疑問を感じることもなくできていたことが、熱意が萎えた途端に難しくなったり、気持ちが沈みやすくなったり、そんな自分にイライラしてしまうこともあるかもしれませんね。

熱意ややる気を取り戻したいという想いはあるでしょうか?
その反面、もうやめてしまいたい、という気持ちも実はあるでしょうか?
熱意が萎えてきたときというのは、この2つの間に葛藤のようなものが生まれていることもときにあるものかもしれません。

ただ、今のままでは限界があるということや、どこか無理があるということに、自分で気づいているような部分もあるかもしれません。自分の心や体に負担がかかっているようなところがあるのなら、それがそのままでいいのか、というところに不安や怖れを感じているようなこともあるかもしれませんね。

 

 

熱意が萎えてきたとき。それは、ある意味では自分の中にある無理が生じている部分に気づいて、自分自身にかかっている負担の一部を手放すことが求められているときなのかもしれません。

肩の力を抜いて、「本当はどうしたいのか」をちょっと考えるとしたら、どんな本音が心の中から出てきそうでしょうか?

熱意というのはやりたいという気持ちの上に自然にでてくるものであるのが望ましいと私は思っています。やらなければならないというマインドから自分自身を追い込んで、ガンガンにアクセルを踏んで物事を回すことも時には求められるかもしれませんが、熱意が萎えてきているときというのは、無意識のうちにそこにブレーキがかかるような状態になっています。

アクセルとかブレーキとかはものの例えのようなものですが、ここで重要なのはアクセルを踏み続けることではなく、前に進まない車のハンドルをバンバン叩いて「どうして前に進まないんだ!」とイライラすることでもなく、車を止めて、ちょっと何が起こっているのかを見て、メンテナンスをしてあげることなのかもしれません。

あなたの心の中にあるブレーキのようなもの。それは何だと思えるでしょうか?
肩の力をぬいて、リラックスして、自分の心の中をのぞいてみてください。あなたの熱意を萎えさせているブレーキのようなもの。それは何だと思えるでしょうか?

私たちは普段思考していることによって、様々な体験を引き寄せていきます。思考というのは言葉で考えていること以外に、感情や、感覚的に当たり前だととらえていることも含みますが、自分にとって都合の良いことも、その反対に自分にとって都合の悪いことも含めて、自分が信じているように、あるいは怖れているように、あるいは当たり前だと思っているように、まるでその思考を反映するかのような形で自分の周りで物事が動いていきます。

熱意を萎えさせているブレーキのようなもの。それもそんなものの中の1つかもしれません。熱意が萎えたきっかけには、いろんなパターンがあるかもしれませんが、それはあくまできっかけであり、例えばそれは、心と体の限界を教えてくれるサインのようなものだったのかもしれません。

もしかしたら、自分を追い込みすぎているようなところがあったのかもしれません。それとも、自分自身に負担をかけるような思考をしていたのかもしれません。ブレーキが教えてくれているのは「そんなこと思ったり考えちゃダメ」なんて、普段、自分自身が封印しているような弱さや、ある意味では正直さのようなものが意識上に出てきたがために、結果として熱意が萎える、という現象になったのかもしれません。

 

 

肩の力の抜いて、ありのままのあなたのままで、
「本当はわたしどうしたいんだろう?」
なんて本音の気持ちの部分を改めて確認してみたとしたら、どんな想いがでてくるでしょうか?
熱意が萎えてきたときというのは、そんな自分を振り返ってみるチャンスといえる時、なのかもしれません。

そこで自分自身に負担をかけているものの見方や、本当にやりたいことではない方向に向いているような思考や、自分自身を制限するような感情など、望まない結果をおびき寄せる思考や観念や感情が自分の内側にあるということに気づけたのなら、そこで手放せるものを、手放してあげてみてください。

気づくこと、それが最初の第一歩。手放して今よりもより身軽になること、それが次の一手。気づきを得て手放して身軽になったら、やりたいことにむけて前に進んでいくこと、それらを通して、熱意ややる気のようなものを自然に取り戻していく流れが作り出していけるんじゃないかな、なんて思っています。

もしかしたら、そこで再生された熱意ややる気は、もともと向けていた方向とは違う方向を向いていることもあるかもしれません。ただ、もし仮にそうだとしても、それは元々見ていたものに比べて、自分自身が本来やりたい方向により近しいものになっているじゃないかな、なんて思っています。

 

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