自分のせいにしすぎる

投稿日:2012年6月23日      更新日:

何かうまくいかないことがあった時に、
全部自分が悪いように感じてしまうことがあります。

心の中に罪悪感があって、
自分が悪い、と強く感じている部分から、
それを周囲に映し出して、
自分のせいにしすぎてしまうような感じです。

過去、私自身もそういう部分があったのですが、
ここを変えていくためには、
この自分の中にある罪悪感の部分を
手放していくことが求められてきます。

罪悪感があって、自分が悪いと思うと、
そこから自分の身を守りたくなるので、
自分は正しい、という理屈がたくさん出てきます。

そこから、自分の中にある正しさや、
ルールのようなものができてきて、
周りから見たときに何か頑固だったり、
固いような印象をもたれることもあります。

自分の中で、この罪悪感の部分が手放せてくると、
そういう頑なさのような部分も一緒に手放していくことができます。

罪悪感に対して、防衛的にならなくてよくなっていくので、
自分を守るために作られていた鎧のような正しさの部分が
なくなっていくためです。

そのため、罪悪感を手放していくことができたら、
自分の身が軽くなったような感覚が出てくることもあると思います。

なんでもかんでも、自分のせいのような感じがしていたり、
それで周囲に対して頑なな態度をとっているような部分がある場合は、
ぜひ、この罪悪感の部分を手放す、ということに
チャレンジしてみてください。

罪悪感を手放すときのコツは、
そのことで自分以外に責めているような誰かがいる、
ということに気付く、ということです。

その責めている誰かを許せた分だけ、
自分自身を責める気持ちも軽くしていくことができます。

そのときに、頑ななもの見方、にこだわらないようにしてください。
自分の心の中で、ルールを使って人を縛ろうとするのではなく、
その責めている誰かの不器用さや、痛みの部分を理解して、
自分の中で柔軟に受容してあげるようにしてみてください。

抵抗感が出てくるかもしれませんが、それはその人のためではなく、
そこを受け入れることができた分だけ、
自分自身の中にある頑なさを手放して、罪悪感の部分を
軽くしていけるようになります。

それができた度合いだけ、罪悪感があるために感じることができなかった、
楽さや自由さを受け取ることができるようになります。
そのことを、ぜひ体験してもらいたい、と思っています。

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カテゴリ-心の悩み

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