雨女、晴れ女、ジンクスのようなものかもしれませんが、
実体験として、「わたしが参加するイベントには雨が多いなあ・・・」
ということを感じている人もいると思います。
何かイベントがあるときに雨が降ってきて、
雨女扱いされるのも、あまり気持ちがいいものではないかもしれません。
そのあげくに、BBQにはあの子を呼ぶな、
ということを本気で言う人が出てきたりするともう最悪です。
(大抵は冗談だと思いますが。)
ただ、そういうことが続くと、本人も自分自身のことを
やっぱり雨女なんだ・・・、って思うものかもしれません。
もしかしたら、自分自身のことをそういう風に扱うほどに、
知らずのうちに、そういう結果を引き寄せることもあるかもしれませんが、
例えば、自分自身のことを雨女だって思っている人は、
どう感じているでしょうか?
ここで大切なのは、自分でその部分をどういう風に扱っているか、です。
何とも思わないならば、掘り下げることもないのですが、
もし、気になるなら、自分でその部分をどう扱っているか見てみると、
雨女以外にも、何か否定的なことを引き寄せている部分に
気付くかもしれません。
私自身は、雨女、というのに、良いイメージを持っています。
実際にそういうのを引き寄せやすい人も、いらっしゃると思っています。
良いイメージがあるのは、単純に雨が好きだからです。
雨の中歩くのも、車を運転するのも、雨の時よりやりにくかったりしますが、
それでも、雨の雰囲気、というのはわりと好きです。
風が強いと、よけいに、歩きも車も大変ですが、それでもその嵐の雰囲気がわりと好きです。
恵みの雨、という感じがしています。
何か色んなものが洗い流されて、リフレッシュするような感じがするからです。
イベントごとができなくなるのは残念ですが、
それはそれで、その時なりの楽しみ方をみんなで選択すればいいと思っています。
雨女さんは、自分自身のその部分をどう感じているでしょうか?
物事には、自分の信じているように、物事が動く、という性質があります。
とはいえ、思い通りに物事を動かす、というのがピンとこない、という人も多い、とは思いますが、
もし、雨女さんが、その部分を信じれば信じるほど、その部分は不思議と強まる、としたら・・・・
ある意味では、使い方によっては、雨以外にも、
色んな物事に働きかけることができるような、ギフト、を手にしているかもしれませんね。
ただ、タイトルに書いたような
「雨女といわれたくない」とかは
あんまり考えない方がいいかもしれません。
言われたくない、ということは、
心の中で「言われるんだろうなあ」ということを信じていることになるので、
もっと言われるようになってしまいます。
私としては、雨女さんには、ぜひ、
「実は、その雨女の部分も、自分では結構好き」、という風に扱ってもらえると、
よりいいのではないか、とか思っています。