ケチな人との付き合い

投稿日:2014年8月19日      更新日:

ケチな人との付き合いでストレスを感じることはあるでしょうか?

金銭感覚の違いから、相手が思っていることと
自分が思うことの間に差があったとして・・・・
一緒に何かをする、というときに、特に相手がケチな場合、
何か、自分の方が犠牲をしているように感じることが多くなるものかもしれません。

犠牲をしている、というのを別の言い方をすると、
そのケチな相手から、自分が利用されている気がする、という感じですが、
ここで、この犠牲的になってしまっている部分があるとしたら、
断る、ということが大切になってきます。

ただ、断ると、相手からネガティブな反応が返ってくるような気がして、
ちょっと断るということに抵抗感が出てくることがあります。

恋愛関係にある場合は、相手から嫌われたらどうしよう・・・・
とも思うかもしれませんが、
相手から利用される関係だと、自分自身の価値を下げることにつながりますので、
相手からの愛情を、受け取れなりにくくなってしまいます。

断るようになると、相手との間に距離ができるかもしれませんが、
この距離感が大切です。

相手のことをケチだと感じることの裏側には、
自分が相手にはこういう風にしてもらいたい、という期待があります。
もちろん、それは、常識的、あたりまえ、当然、のことだとは思いますが、
ただ、ここで、相手と自分との関係の中では、その「当然のこと」が通用していません。

相手に対して、こうしてほしい、という部分を手放してみてください。

相手を変えようとするのではなく、自分の価値観とは異なる相手に対して、
距離をとったり、相手が何か要求してきても断る、という風にしていくと、
相手の「ケチ」のために、自分が負担を感じることをなくしていけます。

恋愛関係の場合も同じです。

嫌われることを怖れるのではなく、
嫌だと思うことは、コミュニケーションして断ってください。
その方が、最終的に愛されます。
もしくは、あなたのことを利用しようとしか考えていない相手が去ります。

どこまでが、ケチで、どこまでが、ケチではないのか・・・・
それは、人によって感覚が異なるものかもしれません。
ただ、それによって、どちらかが、どちらかに犠牲をさせる関係性は、
変えていくことが求められてきます。

もし、あなたが、そこで犠牲をしていたとしたら・・・・
変化を呼び込んで、今よりも楽な自分を手に入れてみてください。

関連記事

上手くいかないかもしれないと思ったときの為の心のエクササイズ

絶対ではないものに、物事の成否をゆだねなければならない状況ほど、 心の中に疑いや怖れは発生しやすくなります。 より良い結果につなげていきたいという気持ちがあっても、この怖れや疑いが強いと、 心の中に葛 …

身近な人のネガティブな感情に振り回されがちな場合

一緒にいる人がイライラしたり、何らかのネガティブな感情を感じていると、 それは自然と伝わり、自分もイライラしたり落ち着かない気分になったりすることがあります。 感情は共鳴することがあるもので、相手が何 …

自分いじめをついついしてしまう場合の対処法

自分いじめが癖になっている人は、自分いじめの根っこにある罪悪感を手放すこと。手放すことができたほうが、心に引っかかるような出来事を引きずる度合いが減り、そこで感じるストレスを軽減できます。 【目次】・ …

いい人をやめる

自分が我慢をしたら、丸く収まる、そんな状況があったとします。そんなとき我慢をしていい人を演じることでその場を切り抜ける、というやり方があります。これをやると周りから、本当にいい人だな、という風に思われ …

心の底から憎い人がいる

憎しみという感情は、よっぽどのことがないと感じない感情かもしれません。恋愛で、職場で、あるいはそのほか様々な人間関係の中で、心の底から憎いと感じるレベルになることも、ときとしてあることかもしれません。 …

カテゴリ-心の悩み

執筆者:

おすすめ記事




イライラしてる人との接し方




雑に扱われていると感じたらーその対処法と人の心理




馬鹿にされてる気がするときの心理とその対処方法




人を試すようなことをしてしまう




好きな人ができた時の初心者向け恋愛心理学




責められてる気がするときの心理とその対処法




好きな人を忘れる方法




屈辱的な思いを感じたとき




心の底から憎い人がいる




ネガティブで嫌なことを言う人




裏切られた心の傷ー信じていた人に裏切られた時




特別な存在になりたい、という心理の扱い方




嫌われてるように感じる人との付き合い




利用されてると感じたら




嫌なことばかり思い出す心理とその対処法




依存されるのが嫌なとき