プレッシャーによる悪影響

投稿日:2015年6月9日      更新日:

プレッシャーを感じているとき、うまくいかなかったら、
自分で自分を責める、というパターンはないでしょうか?

自分で自分を責める状況を想像してみると、
ちょっと嫌な気分になると思いますが、
そういう状態になることを怖れるほど、プレッシャーが強くなると思います。

他人から責められる、というのもありますが、
他人から責められたことをきっかけにして、
自分を責める、罪悪感を感じる、というときに、
とてもストレスを強く感じることになると思いますので、
この罪悪感が強いと、プレッシャーを感じやすくなります。

プレッシャーを手放すには、悪い結果を想像して、
その怖れに強い関心を向けて、最悪の状況になった時の
罪悪感を想像する、という方向に心の力を使うのではなく、
良い結果を想像して、その楽しさや心地よさに強い関心を向ける、
という方向に心の力を使う、ということが大切です。

といっても、いきなり出来るようになる、というのも難しいかもしれません。
これまでの自分が、この罪悪感を感じるようなパターンを強く持っていると、
それを手放さない限り、良い結果の方を想像する、という方向に心の力を使っても、
長年の心のパターンの積み重ねに負けてしまいやすくなるためです。
ここを乗り越えようとすると、葛藤を強く感じることになります。

プレッシャーを感じやすい気質を変えていくためには、
それを作り出している自分の心の内側にある、
自分にダメ出しをしている部分を手放すことが大切です。

自分にダメ出しをしていることで、より完璧さを目指せる、
という部分もあるかもしれません。
より自分を高めることができる、という部分もあるかもしれません。
ただ、それは手段であって、目的ではないはずです。

良い結果を出すことに集中することが出来るなら、
自分にダメ出しをすることが本当に必要かどうか考えてみたときに、
必要というほどのものではない、といえるなら、
目的は変えずに、手段を変えることが出来ます。

ダメ出しをする心のパターンを変容させて、
良い結果に強い関心を向けるようなパターンが心の中に形成されていけば、
自然と、プレッシャーを手放していけるようになります。

プレッシャーを感じることで自分自身に良い影響がある、
と思える場合は、それほど気にしなくてもよいことかもしれませんが、
もし、プレッシャーを感じすぎることが、良くない結果を招き入れている傾向がある場合は、
自分の心の中にあるパターンを変容させる、ということに取り組んでみてください。

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カテゴリ-心の悩み

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