罪悪感と許しの心理学

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許せない誰かがいるけれども、本当は許したほうがいいのかもしれないけれども、絶対に許せない、という人はいるでしょうか?

人を許す、といっても、その人のしでかした行為をOKにする、というのは少し違うかもしれませんし、その人の中にあるよくない部分は、正されるべき、なのかもしれません。

ただ、ここで大切なのは、自分がその人を心の中で責め続けている間、自分が最低の気分になるということと、その人に向けているネガティブな感情が、まわりまわって、自分自身に何らかの形で返ってくる、ということです。

怒りがあったり、恨みのようなものを抱えていると、許せなかったことをもう一度思い出して嫌な気分になることもあるかもしれませんし、寝る前に思い出してしまい、しばらく寝れなくなってしまう、ということもあるかもしれません。自分の心の中に地雷のようなものができて、それを踏んだ人を許せなくなることもあるかもしれません。

それも含めて、全部あいつのせいだ、と言いたい気持ちになることもあるかもしれませんね。

許せない誰かがいるとき、自分自身のことも何らかの形で責めていて、その罪悪感と、その許せない誰かを心の中で裁く気持ちが一緒になっているような、わりとそんな感じの心理構造になります。といわれてもピンと来ないかもしれませんが、詳しく話を聞かせてもらうと、絶対そうなる、とまでは言い切らないですが、だいたいのケースにおいてわりとそういう感じになります。

意識的に物事を考えているとき、頭の中では主語が明確だと思いますが、潜在意識の中ではこの主語の部分があいまいになります。潜在意識の中では、自分が誰かを責める、というのと、自分が自分を責める、というのにあまり違いが無くなります。心の中で「XXXXをする人間はダメだ」という言葉を使って誰かのことを責めたとしても、その言葉はその人以外の自分も含めて全ての人間や物事に当てはまる、といった感じになり、その攻撃性はまわり回って自分自身にも返ってきます。

特に子供の頃に親や身近な人から受けた心の傷から生まれた、許せない、という気持ちと、子供の頃に深く根付いた罪悪感、というのは、心の中で深く絡み合っている感じになりがちです。

誰かを責める気持ちと、自分自身を責める気持ち。その両方を少し手放してあげることができたほうが、自分自身が楽になる、という感じではありますが、これは抵抗感を感じやすいことかもしれません。ただ、ここで手放すという選択ができると、その抵抗感に比例して受け取れるものも大きなものとなります。

ハラキリ、なんていう言葉がありますが、悪いことをした時に、何かしら自分自身に罰のようなものを与える、ということに重きを置くところが私たちにはあるのかもしれません。

罪悪感があると、罪悪感を通して物事を見ることになるので、正しいのか、間違っているのか、という裁きの視点が第一にくるようになります。その視点では間違いを犯したものは悪者で、間違っていないのが正しい人、になります。罪悪感を手放す、ということが、何かものすごく甘いことをしている気分になり、手放すことに対しての抵抗感が強くなります。ただ、罪悪感をずっと抱えたまま、裁きの視点で自分自身や相手のことを見続けるという選択は、とても窮屈で息苦しい感じを生み出していくことになります。

罪悪感を少し手放すことができると、正しいのか間違っているのかという視点が消えてなくなるわけではないのですが、その視点の優先度が少し下がる代わりに、どうしてそんなことをしちゃったのかな、という理由の方にも目を向けられる心の余裕のようなものが生まれます。間違っているものは間違っているものとして、じゃあ、なんでそんなことをしたのかというと、愛情の欠如、理解不足、無知さ、精神的な未熟さなど、ある意味では人の弱点のような要因が何かしら出てきます。人間誰しも完璧ではない部分を抱えているわけですから、間違ったこともするわけです。

ダメなものはダメとして、じゃあずっと未来永劫自分自身や相手のことを心の中で責め続けるのかというと、ある程度、過去の呪縛から自分自身を解き放ってあげられるような寛容さもあるほうが、自分自身が楽になれます。相手を罪の呪縛から解き放ってしまうような感覚が生まれるかもしれませんが、それは少し誤解があるかもしれません。間違っているものは間違っているものとして扱っていいのですが、自分自身がそこに縛られすぎるのも辛い話なので、その責め続けている感覚から自分自身を少し自由にしてあげる、という感じかもしれません。

他人を変えることはできませんが、自分自身を変えることはできます。罪悪感には人の足をとめ、いつまでも同じところで思考をぐるぐるさせるような性質がありますので、過去には寛容さを持って罪悪感を手放し、今現在の自分自身をどう変えていくか、ということに意識を切り替えていったほうが、自分自身の心の中にあるエネルギーを自分を成長させる方向に向けることができます。

罪悪感をいつまでもひきづる、ということは自分自身の成長を邪魔します。反省ばかりしているくせに、いつまでたっても同じことを繰り返す、というパターンにはまります。罪悪感は、何か間違っていることがあるよ、ということを教えてくれる心のセンサーのようなもの。罪悪感が教えてくれるメッセージを受け取って何が間違っているのかを学んだら、そっと手放してあげる、というのが良いです。

 

罪悪感を手放すことに本格的に取り組む意欲を持たれた方は、「過去に経験した古い感情をケアするためのエクササイズ」(この心鈴泉ブログ内の記事です)をやってみてもらえればと思います。古い罪悪感ができたときの、傷ついたハートを持つ幼い頃の自分、を心の中で思い浮かべて、その自分をケアしていくことで、心理セルフケアをしていくものです。

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