付き合い始めの頃は相手からの好意があったのに、付き合っているうちにだんだん相手が冷めてきて、最終的にお別れすることになる、といった恋愛の終わり方があります。
恋愛が終わるとき、その別れの理由には様々なものがあると思います。例えば、価値観の行き違いや、どうしても許せない出来事があってお別れになることもあれば、ケンカ別れなど。ただ、そういう衝突があった訳でもなく、単純に気持ちが冷めたからお別れすることになった、ということもあると思います。人によっては、過去を振り返ってみると、誰がお相手であってもこのパターンが繰り返されている、、、なんていう方もいらっしゃるかもしれません。
いつも相手が冷めて別れることになってしまう、というパターンが繰り返されている場合、自分に何か問題があるのではないだろうか、とか、異性に愛される自信がない、といった感覚をお持ちになられる方もおられるかもしれません。いつも恋愛がうまくいかなくなることから、自分にダメ出しをされる方もおられるかもしれませんし、行き詰まりのようなものを感じて、そこで悩みや迷いのようなものを抱くかたもおられるかもしれません。
前に進みたくてもなかなか前に進めないときというのは、前に進めないように無意識のうちに心の中でブレーキを踏んでいることがあります。ブレーキを解除してあげることができると、今までとは違う結果が受け取れるようになりますが、そのためには、自分が抱えている心理面の課題(=どこでブレーキを踏んでいるのか)を明確にして、そこをクリアしていくということが求められてきます。1つの別れも、恋愛を通して自分自身を成長させていくためのプロセスの1つです。このありがたくないパターンの繰り返しから抜け出していくためにどうするのがいいのか、というあたりを今回は書いてみましたので、よろしければ読んでみてくださいませ。
恋愛関係では、惚れた側が相手に依存しているような感じになり、その反対に惚れられている側が自立しているような感じになりやすいです。相思相愛で惚れている度合いがだいたい同じくらいだとバランスが良いといえるかもしれません。ただ、そのバランスが少し崩れている感じだと、どちらかというと自立している側が恋愛関係の主導権を握る感じになります。このとき、依存側は別れたいなんて思いもしないかもしれませんが、自立側は別れも選択肢としては見えているような、、、、そんな感じになることもあります。
例えば、相手からアプローチしてこられて、自分が付き合うことにOKして、恋愛関係がスタートしたとします。最初は自分が自立側で、相手が依存側、という感じです。最初は何とも思っていなかった相手に対して、「好き」という気持ちが自分の中でだんだん大きくなっていくのに対して、相手側の心の中にある「好き」という気持ちが落ち着いてくると、この依存側と自立側が入れ替わるという逆転現象が往々にして起こります。自立側は依存側ほど感情を感じず、冷静に物事を判断できる状態になります。そうなると、自立側はまるで恋愛感情が冷めてしまったかのように感じやすくもなります。必ずこうなるという訳ではないのですが、、、ここで自立側が別れを選ぶことになると、恋愛関係が終わりを迎えます。
心の中に、大切な人が自分から離れていくことへの悲しみや、人から見捨てられる悲しみ、あるいは、愛されない悲しみのようなものがある場合、パートナーから愛される自信がない、といった感覚を覚えることがあります。この場合、お付き合いしている人がいても、相手から本当に愛されているか不安になったり、いつかは別れることになるという思考が頭の中に根付いたりします。その結果、本当に愛されなくなったり、本当に別れることになってしまう、という事態をおびき寄せやすくなります。自分が自立側で相手が依存側の場合は、まだこの怖れがただの幻想であったのが、逆転現象が起きて相手が自立側にたった途端に、この怖れが現実になる、ということが往々にして起きます。
「自分には人から愛されるような価値はない。」
悲しみがあるとき、そんな風に自分自身を判断してしまいたくなる気持ちが湧いてくるかもしれません。自分のことを価値があると感じられないから自分のことが嫌いになったり、自分の弱い部分や心に痛みのある部分を自分では愛することができないから、パートナーからそこを愛されたいと強烈に願ったりすることもあるかもしれません。
もしかしたら、パートナーに対してこの部分を愛してもらいたいと期待した瞬間に、「好き」という気持ちが心から溢れてきて、今まで自立側だったのが依存側に大きく傾く、なんていうこともあるかもしれませんね。
この場合、少し時間はかかるかもしれませんし、じっくりと腰を据えて取り組んでいくことになるかもしれませんが、自分自身を愛することや、自分に価値を感じていく、ということがとても大切になってきます。見捨てられる悲しみや、自分自身に価値はないなんて判断してしまっているマインドを手放して、自分自身を愛することを選択していくこと。特に、自分の弱い部分や依存的な部分に関して、誰か(例えばパートナーとか)に何とかしてもらうことを期待する気持ちがちょっとあるのに、それが全然叶えられないのであれば、まずは自分自身がその部分を愛していく、ということがとても大切です。
恋愛関係にあるパートナーと自分の間には感情の共鳴が発生しやすくなります。簡単にいうと、同じことを感じやすくなります。必ずしもそうなる訳ではないのですが、自分の中にある依存的な部分を愛せない気持ちも、パートナーに伝搬することがあります。その気持ちが伝搬したとき、パートナーが自分のことをどんな風に感じるか、それは何となく想像できると思います。だから、この部分を自分でケアするということが、とても大切です。同じことの繰り返しを断ち切るためにも。
自分自身の成長のプロセスを信頼してあげてください。恋愛は自分の心の内面を思い知らされるかのような場面が多いものかもしれませんが、そこで学べることは大きく、成長した度合いだけ、恋愛の中で自分が体験することも変化していきます。望んでいる結果が自分のもとに訪れることを信頼できた度合いだけ、より良い結果がやってきやすくなります。だからこそ、同じことの繰り返しではなく、違う結果、より良い結果が自分に訪れることを信頼してあげてください。
上に書いたことは自分の内面で起こっていることと、それに対するケアの話ですが、それ以外にも、パートナーとの恋愛関係を終わりに向かわせるような行動パターンがある場合には、その行動パターンを手放していく、ということが大切です。いくつか例をあげます。ここに書いた以外にも色々なパターンがあるかとも思います。良からぬ行動パターンに気づけたのなら、その都度手放していく、ということが大切です。
・良かれと思って彼の世話を焼きすぎた結果、女としてみられなくなる。ただの彼の世話焼き係、話の相談相手、ある意味お母さんみたいになる。
・自分の異性としての魅力が低いと感じていて、そこを埋め合わせるために行動で魅力の低さをカバーしようとする。尽くしすぎた結果、相手にとってあなたが頑張るのが当たり前になり、相手になめられる。
・依存側に回ってからも何度も何度も相手に「好きだよ」と言い、自立側に回って冷静になっている相手から「好き」のメッセージを引き出そうとする。
・自分の面倒を相手に見させようとする。最初はよかったものの、自立と依存の逆転が起こってきて、相手がだんだん自分の面倒を見るのに疲れてきても、気にせず相手に自分の面倒を見させようとする。
客観的に見るとやめたほうがいいと思えることでも、いざ自分のこととなるとやっちゃってる、、、、ということもあるかもしれません。
いつも相手に冷められてしまう、というときにみておいたほうが良いことについて、今回は掘り下げて書いてみました。何かしらお役に立つところがあれば、幸いです。