
「永遠の愛なんて絵空事」と思うこともあるかもしれません。恋愛感情には浮き沈みがあり、パートナーへの気持ちがわからなくなることもあります。永遠の愛を考えるなら、そこにある心理的な課題と向き合っていくということ。
【目次】
・恋愛感情は移り変わるもの
・愛することと、自分の中の正しさ
・正しさの裏側にある弱い自分
・永遠の愛を与えるというリスク
・私自身の話
・パートナーシップに出てくる心理的な課題
・浮気の背景にある潜在意識
・まとめと補足
恋愛感情は移り変わるもの

永遠の愛、というと教会の結婚式のフレーズで耳にしたりする言葉ですが、どんな印象を抱くでしょうか?
恋愛感情は時間とともに移り変わるようなところがあり、相手のことをなんとも思っていない感覚に陥ることもときとしてあるもの。どうしても感情というのは揺れ動くことがあるものなので、永遠の愛なんて存在しない、と言いたくなることもあるかもしれません。
ただ、パートナーからの愛がほしい気持ちが強いと、永遠の愛を相手に求めたくなるかもしれません。相手が自分のことを永遠に愛してくれることを望んだり、期待したくなることもあるかもしれません。
夫婦だったり、長年付き合っている恋人同士の場合、付き合い始めはお互いに気持ちが盛り上がりやすいもの。ただ、そこから色んなことがあって、気持ちのすれ違いやぶつかり合いなども経験して、倦怠期だったり、ある意味では死んだような雰囲気に陥ることもときとしてあるもの。
何年も経つと、自分がパートナーのことを愛してるのか、わからなくなることもあるかもしれません。パートナーから言われることとして、先のことはわからないとか、永遠なんて存在しないとか、未来は確約できないみたいなことを言われて、ふと悲しい気持ちになることもあるかもしれません。
愛することと、自分の中の正しさ

パートナーシップを邪魔するものは色々とありますが、「自分の心の中にある正しさ」が意外と厄介です。パートナーを愛することと、自分の心の中にある正しさは、思わぬところで衝突することがあります。
そんなとき、パートナーのことを愛することを選択すると、最初は「え?これでいいの?」と思うこともあるかもしれません。ただ、理屈は置いといて、一旦、愛することを選択してパートナーと繋がった後で、自分の心の中にある正しいと思っていたことは、実は大して重要じゃなかった、ということに気づけることがあります。
例えば、永遠の愛を相手に求めるのは正しい?
例えば、自分が相手を愛しているのと同じように、相手が自分を愛さないのは正しくない?
パートナーのことを愛するというのは実にシンプルで直感的な選択肢ですが、何が正しいのかというのはちょっと考える必要があって、細かいところで個人差がでてくるものかもしれません。
パートナーシップにおいては自分の心の中に、不安感や未成熟な部分がたくさんでてきます。「私には無理!」なものは、パートナーにやってもらいたくなります。パートナーがそれをしないのは「正しくない」と思えてきたりもします。そうすると色んな理屈や感情を使って、パートナーを心の中で責めたくなります。
正しさの裏側にある弱い自分

愛を選択して、パートナーと繋がるときに気づけるのは、この正しさの裏側に、とても弱い自分がいるということ。別の言い方をすると、認めたくない自分自身だったり、守りたい自分の心の傷だったり、あるいは、自己嫌悪している自分の本音だったりなど。
正しさを選ぶ代わりに愛することを選ぼうとすると、そこと向き合うことになります。これは実のところ結構「しんどい」です。それをする代わりに、、、、人の心理としては、心の中で傷を抱えていたり、罪悪感を感じていたり、怖さを感じていたりするところがあるときに、そこを守るために「正しさ」が出てきます。
正しさって結構強いです。その正しさ自体に共感してくれる人がいたり、相手に突きつけることでグッと黙らせることができるような力がありますし、それで自分の弱い部分を守ることができます。正しさはあなたの心に、安全性、を与えてくれます。
それに対して、正しさよりも愛を選択する、というのは、その強いものを手放して、目の前のパートナーへの愛を優先するわけですから、安全との真逆の、リスク、が垣間見えます。
永遠の愛を与えるというリスク

永遠の愛を相手に与えようとする行為は、リスキーです。未来には何があるかわからないです。相手の気持ちが揺れることがあるかもしれませんし、自分の気持ちが揺れることもあるかもしれません。事故、重い病気、怪我、突発的なトラブル、何が起こるかわからないのが未来です。
永遠の愛を与えようとするということは、そういった色々な事柄に対して
「そんなことは知ったことではない。何があっても私はあなたを愛する。」
という意味なので、これはなかなかにリスキーな選択なわけです。
ヒーローものの少年漫画の主人公がピンチのときに見せる覚悟のようなもので、はたから見てる分にはすごく見応えがありますが、やってる当人からするとすごく怖いわけです。
あなたがパートナーに永遠の愛を求めるというのは、それをやれ、と言っているようなもので、あなたがパートナーに永遠の愛を与えようとするというのは、それをやりましょう、ということなので、永遠の愛というのは、まあ大変な話だなあ、と思っています。
私は妻に永遠の愛を誓っています。
私自身の話

これは心理の話というより私自身の話ですが、私は愛とは行動だと思っています。愛したい気持ち、愛しい気持ち、というより、愛する、大切にする、という自分の意思で行う心の動きだと思っています。
永遠の愛というのが、死ぬまで愛するということだとしたら、それは、死ぬまで相手を愛するという意思を持つということ。年がら年中その人のことを考える、というより、心の姿勢として、その人のことを大切にするということだと思っています。
ただ、愛というのが「恋愛感情を持ちつづける」という意味になっている人もいると思います。その場合、永遠の愛、というのは脆く壊れやすいものかもしれません。人の気持ちというのは、冷めたり燃えたりして、絶えず変動しているためです。
愛するという意識だったり、愛そうという気持ちは、自分にとって大切な人との間に壁を感じたときに、とても大切になってきます。人と人との間には色んな出来事があり、ときに衝突したり、相手の考えていることがわからなくなったりします。
ただ、そんなときに相手のことを愛するという意思と選択が、その出来事を乗り越えるために求められてきます。そこでパートナーを愛するという行為の繰り返しが、永遠の愛に繋がっていくと私は思っています。
パートナーシップに出てくる心理的な課題

ここで私自身の話から、心理の話に戻していこうと思います。
パートナーシップにおいては自分自身の心理面の課題が色々と出てきますが、永遠の愛、ということを考えた時に、この心理面の課題というのは、結構重要になってきます。
自分自身が抱える心理的な課題を避けていると、パートナーシップに行き詰まりと停滞感が生まれていきます。特にネガティブな感情を感じるとき、パートナーのことを責める気持ちがでてきます。実際、パートナーの問題もあると思いますが、そこには自分自身の課題もあったりします。
依存的な心理、感情面の癖、コミュニケーションの問題など、正しさの話以外にも、パートナーシップのことで浮かび上がってくる課題には、色んなものがあります。
それらの課題から目を背けると、パートナーシップに停滞感や行き詰まりが出てきますし、あるいは、別れを選ぶ人たちもここでは出てきます。また、それらを選ぶ代わりに隠れてこっそりと、別の行動をするケースもあります。いわゆる「浮気」です。
浮気の背景にある潜在意識

永遠の愛、ということを考えたとき、「浮気」というのは、とても厄介なもの。自分がする浮気と、相手がする浮気がありますが、どちらも感情の動き、別の言い方をすると、潜在意識の働きが重要になってきます。
自分がする浮気に関しては、浮気しなければいい、というモラルの話はありますが、その前にまず「浮気したくなる気持ち」が出てくる背景に「このパートナーシップで満たされないものを他で満たす」という心理があります。そこを掘り下げていくと、今のパートナーシップから目を背けている部分が潜在意識の中に出てきます。
相手がする浮気に関しては、まあ相手が悪いと言えばそこでおしまいの話ではあるのですが、潜在意識の話として角度を変えてここを掘り下げると、また違った風景が見えてきます。ここを語り始めると話が長くなるのですが、以下の記事「裏切られた心の傷ー信じていた人に裏切られた時」の「パートナーに浮気されたとき」の「③浮気されたことの背景にある自分の潜在意識の働き」に詳しく書いてます。
まとめと補足

永遠の愛、というテーマで掘り下げて書きました。パートナーシップにおいては心理面の課題が色々と出てきますが、そこを避けていると関係性が行き詰まっていくことになるので、永遠の愛、ということを考えるならば、そこと向き合っていくということ。
ここに書いたことで、何かしら役に立つことがあるのなら幸いです。
一点補足することとして、長年付き合っていると、ときとして愛情が冷めていくように感じることもあるかと思います。パートナーシップでは、与えることと受け取ることの2つが大切で、愛情が冷めていると感じるときは、この2つに関してどうしていくのが良いか、といったあたりを掘り下げて書いてます。


















